副業・兼業と労働時間通算

―タイミー事件からみる実務上の整理―

副業・兼業の拡大に伴い、複数の勤務先で働く労働者について、労働時間をどのように通算するかが実務上重要な問題となっている。

この点に関して、いわゆるタイミー事件(東京地判令和7年3月27日・労経速2593号3頁)は、労働時間通算と割増賃金の関係を考えるうえで参考になる判断を示している。

本稿では、この裁判例を踏まえ、労働時間通算の問題を実務上どのように理解すべきかを整理する。

1 労働時間通算の基本的な考え方

労働基準法38条は、労働時間について事業場を異にする場合であっても通算することを予定している。

そのため、副業・兼業を行っている場合には、複数の勤務先での労働時間を合計して法定労働時間を超えるかどうかを検討する必要がある。

もっとも、条文上通算が問題になるとしても、実際に割増賃金の支払義務がどのような場合に生じるかは、それとは別に検討を要する。

2 タイミー事件が示した点

タイミー事件では、裁判所は、労働時間通算の考え方自体を前提としながらも、割増賃金の支払義務については、使用者が他の勤務先での労働時間を認識していたかどうかを重視する考え方を示した。

この点は実務上重要である。

すなわち、労働時間を通算すべき場面があるとしても、それだけで直ちに使用者の割増賃金支払義務が認められるわけではなく、使用者の認識や把握可能性が問題になるということである。

3 労働者側の事情と評価

本件では、他社での労働時間に関する主張や資料の内容、賃金受領のための口座登録がされていなかったことなども問題となった。

これらの事情は、単に個別の手続上の問題にとどまらず、労働者が必要な情報提供や受領のための対応を適切に行っていたかという点に関わる。

そのため、本件は、単純に「使用者が支払わなかった」という構図だけで整理できるものではなく、労働者側の対応も含めて判断された事案とみるべきである。

4 直ちに「労働者責任」とはいえないが、労働者側の対応は重要である

もっとも、労働者側に問題のある事情があったとしても、それだけで直ちに「労働時間通算は労働者の責任である」とまとめるのは適切ではない。

問題となるのは、あくまで割増賃金の支払義務が成立するための要件が満たされていたかどうかである。

したがって、実務上は、

使用者が他社での就労を知っていたか

使用者がその労働時間を把握し得たか

労働者が副業・兼業の事実や労働時間を適切に申告していたか

といった事情を総合的にみる必要がある。

5 副業禁止規定・申告規定の有無

ここで重要になるのが、就業規則における副業・兼業に関する定めである。

たとえば、就業規則上、副業を許可制としている場合や、事前申告義務を定めている場合には、労働者がこれに違反して副業を行っていたとき、使用者が他社での労働時間を把握できなかったことについて、使用者側に直ちに責任を負わせることは難しくなる。

これに対し、副業・兼業に関する申告制度が整備されていない場合には、使用者側の管理体制も問題になり得る。

そのため、副業禁止規定があったか、または少なくとも申告義務に関する明確な定めがあったかどうかは、実務上重要な論点となる。

6 実務上の示唆

この種の問題に対応するためには、使用者としては次の点を整備しておくことが重要である。

副業・兼業に関する就業規則の整備

申告方法や申告内容の明確化

労働時間把握のための社内手続の整備

また、労働者としても、副業・兼業の事実や労働時間について適切に申告し、必要な情報提供を行うことが重要である。

7 おわりに

タイミー事件は、副業・兼業における労働時間通算の問題について、単純に通算の可否だけでなく、使用者の認識や労働者の申告・協力の有無を踏まえて検討すべきことを示した事案として理解できる。

実務上は、労働時間通算の問題を一方当事者の責任だけで整理するのではなく、就業規則、申告制度、情報提供の有無などを踏まえて、具体的事実に即して判断することが必要である。