相続税「総則6項」の本質

―― 租税負担の公平・時価・裁判例・会計学から読み解く評価法理 ――

相続税の財産評価は、原則として国税庁が定める財産評価基本通達に基づいて行われます。

同通達は、評価の画一性および実務上の簡便性を確保するための規範として、重要な役割を果たしております。

もっとも、通達を形式的に適用した結果、他の納税者と比較して租税負担の公平を著しく害する場合には、

裁判所は通達の適用を排除し、相続税法総則6項に基づいて「時価」による評価を認めてきました。

タワーマンション事件(最高裁)、仙台薬局事件(東京高裁)、近年の資産管理会社事件(東京高裁)などの裁判例を通じて明らかになったのは、

総則6項は、納税者の意図や節税行為の可否を判断するための規定ではないという点でございます。

本稿では、

総則6項の法理的性格、裁判所の判断構造、「時価」概念、会計学的評価理論、ならびに実務上の留意点について、

一体の評価法理として整理いたします。

1.総則6項の正確な位置づけ

―― 通達の「例外」ではなく、租税負担の公平を確保するための規律 ――

総則6項は、財産評価基本通達の単なる例外条項ではございません。

裁判例を踏まえた正確な位置づけは、次のとおりでございます。

> 通達を形式的に適用した結果、

租税負担の公平が著しく損なわれる場合に、

通達の適用を排除し、実質的な時価に立ち返るための規律

ここで重要なのは、

否認の対象が「行為」ではなく「評価結果」であるという点でございます。

すなわち、問題とされるのは、

納税者の主観的な動機

節税という行為概念

意図的であるか否か

ではございません。

評価結果が生み出す著しい不公平そのものが、総則6項の射程となります。

2.判断の基軸は「平等原則(憲法14条)」

裁判所は一貫して、

総則6項の判断基軸を**租税負担の公平(憲法14条の平等原則)**に求めております。

財産評価基本通達は、一般的かつ画一的な処理を可能にする点において、合理性を有しております。

しかし、その適用が個別事案において、

同様の経済的実質を有する他の納税者と比較して

著しい租税負担の不均衡を生じさせる場合

その合理性は限界に達すると判断されます。

総則6項は、

通達の合理性が破綻した局面において、憲法上の平等原則に立ち返るための規律と理解すべきものです。

3.裁判所の判断プロセス

―― 判例から導かれる三段階構造 ――

裁判例を整理いたしますと、裁判所の思考過程は、次の三段階構造として把握することができます。

第1段階:評価結果に著しい不均衡が存在するか

通達評価額と実質的価値との乖離の程度

他の納税者と比較した租税負担の差異

この段階では、

評価結果そのものが問題とされます。

第2段階:不均衡が生じた要因の分析

次に裁判所は、不均衡が生じた要因について検討いたします。

市場環境や経済状況に由来するものか

それとも、特定の取引構造や資本構成により生じたものか

後者である場合、裁判所は、

> 評価結果が人為的・構造的に形成されているかどうか

という観点から、慎重な検討を行います。

第3段階:通達排除が「時価」に合致するか

最後に、裁判所は次の点について検討いたします。

通達よりも、客観的交換価値を合理的に示す評価方法が存在するか

通達を排除することにより、かえって恣意性が増大しないか

これらの要件を満たす場合に限り、

総則6項の適用が認められます。

4.主要裁判例の整理

タワーマンション事件(最高裁)

通達による倍率評価が市場実態と構造的に乖離しており、

その結果、著しい租税負担の不均衡が生じていたと判断されました。

そのため、通達の合理性が否定され、総則6項の適用が認められました。

仙台薬局事件(東京高裁)

評価額と市場価値との乖離は認められたものの、

それは市場環境に由来するものであり、

通達評価の方が一般性および安定性に優れると判断されました。

その結果、通達の適用が維持されております。

資産管理会社事件(東京高裁)

一連の資本政策および取引構造により、

通達を適用した場合に極端な低評価が生じていた点が重視されました。

裁判所は、

評価結果が構造的に形成されているかどうか

という観点から、総則6項の適用可否を判断しております。

5.「時価」の意味

―― 会計学(フェアバリュー)との接続 ――

相続税法における「時価」は、次のように解されております。

> 通常の取引において、

独立当事者間で成立すると認められる客観的交換価値

この概念は、

会計学における**フェアバリュー(IFRS第13号)**と実質的に同一のものです。

重要なのは、

一時的な価格変動

特殊な事情

を排除した、

安定的かつ再現可能な価値である点にございます。

6.なぜ会計学的評価が参照されるのか

財産評価基本通達は、実務上の簡便性を重視した評価モデルでございます。

一方で、

DCF法

類似会社比準法

収益還元法

不動産鑑定評価

などの会計学的評価手法は、

市場価値を理論的に再現するための方法です。

裁判所は、

> どの評価方法が、

租税負担の公平および客観的交換価値により近いか

という観点から、評価手法を選択しております。

7.実務上の留意点

―― 評価結果の恣意性を疑われないために ――

実務上、最も重要なのは、

> 「節税していないこと」ではなく、

「評価結果が不公平を生む構造になっていないこと」

を説明できるかどうかです。

実務対応の要点

事業計画および投資方針の整合性

資金調達および返済計画の合理性

資本政策および配当方針の一貫性

外部要因(市場環境・事業環境)に関する説明資料

これらは、

> 評価結果が偶発的であり、市場環境に由来するものであること

を裏付ける重要な資料となります。

8.結論(定義)

総則6項は、

節税行為を評価する規定ではなく

納税者の動機を裁く規定でもございません。

評価結果が租税負担の公平を害しているかどうか

を是正するための規律です。

> 相続税評価における総則6項とは、

通達の形式的適用によって生じる

租税負担の不均衡を是正し、

客観的交換価値に基づく評価へ立ち返るための規定でございます。