名古屋自動車学校(差戻審)事件―再雇用賃金は「時間」ではなく「職務」で説明できるか―
定年後再雇用における賃金の引下げは、どこまで許されるのでしょうか。
この問題について、名古屋自動車学校(差戻審)事件は、企業実務に重要な示唆を与える判決といえます。 本件は、無期雇用の正職員と、定年退職後に有期雇用として再雇用された嘱託職員との間で、基本給および賞与・一時金の相違が、旧労働契約法20条に違反するかが争われた事案です。
原審と最高裁の判断
原審は、正職員と嘱託職員との賃金差について、定年時賃金の6割を下回る部分を不合理と判断しました。
しかし、最高裁はこの判断について、基本給や賞与の性質・目的を十分に検討しておらず、また、労使交渉の経緯についても十分に考慮していないとして、原判決を破棄し、名古屋高裁に差し戻しました。
つまり、最高裁が問題にしたのは、単に「賃金差が大きいかどうか」ではありません。
重要なのは、
なぜその賃金差があるのかを、賃金項目ごとの性質や目的に照らして説明できるか
という点です。
差戻審の判断
差戻審では、最高裁の指摘を踏まえ、基本給や賞与・一時金の性質が改めて検討されました。
まず、正職員の基本給については、単なる年功給ではなく、職務に対応する職務給としての性質が強いと判断されました。
そして、嘱託職員の基本給も職務に対応するものであるため、両者には共通する性質があると評価されました。
また、正職員の賞与と嘱託職員の一時金についても、いずれも労務提供に対する対価の後払いという共通性があるとされました。
さらに、本件では、嘱託職員の職務内容が定年前と大きく変わっていなかったことも重視されました。
加えて、労使交渉において会社側が十分に誠実な対応をしておらず、具体的な協議が尽くされていなかったことも考慮されました。
その結果、差戻審は、基本給および一時金の相違について、旧労働契約法20条に反する不合理な待遇差であると判断しました。
「短時間」と「職務の簡素化」は異なります
本件を実務上理解するうえで重要なのは、
「短時間労働」と「職務の簡素化」を区別することです。
短時間労働とは、職務内容は同じで、労働時間だけが短くなる場合です。
この場合、賃金差は基本的には労働時間に応じた比例的な調整として説明されます。
一方、職務の簡素化とは、業務内容、責任、判断の負担などが軽くなる場合です。
この場合には、賃金水準そのものに差を設けることも、一定程度説明しやすくなります。
つまり、単に「短時間だから賃金を大きく下げる」という説明では不十分です。
大きな賃金差を設けるのであれば、
どの職務が軽くなったのか
どの責任が減ったのか
どの評価要素が変わったのか
を具体的に説明する必要があります。
働き方改革法制との関係
働き方改革法制の下では、同一労働同一賃金の考え方が明確化されました。
そのため、現在では、正社員、嘱託職員、短時間労働者、有期雇用労働者といった雇用区分だけで待遇差を説明することは難しくなっています。
重要なのは、雇用区分ではなく、
職務内容
責任の程度
配置変更の範囲
人事評価制度との対応関係
です。
職務内容が同じであれば、賃金差を正当化するには、それだけ強い説明が求められます。
実務上のポイント
この判決から、企業が学ぶべきことは明確です。
定年後再雇用や短時間勤務を理由に賃金を見直す場合でも、単に「再雇用だから」「嘱託だから」「短時間だから」という理由では足りません。
賃金を下げるのであれば、次の点を整理しておく必要があります。
定年前後で職務内容がどのように変わったのか
責任や裁量がどの程度軽くなったのか
賃金項目ごとの性質・目的は何か
人事評価制度と賃金差が対応しているか
労使交渉で十分な説明と協議を尽くしたか
特に重要なのは、
「何が軽くなったから、どの賃金が下がるのか」
を説明できる制度設計です。
まとめ
名古屋自動車学校(差戻審)事件は、定年後再雇用における賃金差について、形式的な雇用区分ではなく、賃金の性質や職務内容との対応関係を重視した判決です。
この事件が示しているのは、
賃金差は「時間」だけではなく、「職務」で説明しなければならないということです。
