小規模企業共済は「みなし相続財産」か、それとも「本来の相続財産」か事業廃止後に死亡した場合の共済金請求権をめぐる裁判例

事業廃止後に死亡した場合の共済金請求権をめぐる裁判例

小規模企業共済は、個人事業主や小規模企業の役員にとって、いわば「事業者の退職金」ともいえる制度です。

もっとも、契約者が事業を廃止した後に共済金を請求しないまま死亡した場合、その権利は相続税の対象になるのか、また、どのように評価されるのかは、直感的には分かりにくいところがあります。

この点について参考になるのが、千葉地裁令和4年11月18日判決です。

この裁判例は、小規模企業共済の契約者が事業廃止後に死亡した事案において、共済金請求権は相続財産に当たると判断しました。

本稿では、この判決の実務的な意味を整理します。

1 問題となった事案

本件では、被相続人は小規模企業共済契約を締結し、長年掛金を納付していました。

その後、平成19年3月30日に事業を廃止しましたが、共済金を請求しないまま、平成27年3月に死亡しました。

相続人は、後日、相続人代表として共済金の支払請求を行い、機構から支払決定を受けました。

しかし、相続税の更正処分において、税務署は、

事業廃止により発生していた共済金請求権

過納掛金の返還請求権

はいずれも相続財産に当たるとして課税しました。

これに対し、相続人側は、主に次のように主張しました。

相続開始時には、まだ具体的な共済金請求権は存在していなかった

支払決定は死亡後3年を経過してからであるから、「みなし相続財産」にも当たらない

実際の支払時に所得税が源泉徴収されており、相続税まで課すのは二重課税である

仮に相続財産だとしても、評価は解約返戻金相当額で行うべきである

これに対し、裁判所は、いずれの主張も退けました。

2 裁判所の判断の核心

「事業廃止時に、具体的な共済金請求権が発生していた」

判決の最大のポイントはここです。

裁判所は、小規模企業共済法の規定を踏まえ、共済契約者は契約締結により抽象的な共済金請求権を有し、その後、事業廃止という支給事由が発生し、掛金納付月数などの要件を満たした時点で、額や支給時期等が確定した具体的な共済金請求権を取得すると整理しました。

つまり、本件では、契約者は平成19年3月30日の事業廃止時点で、すでに具体的な共済金請求権を取得していたとされたのです。

この考え方に立つと、契約者が死亡した平成27年3月の時点では、すでに被相続人に帰属する請求権が存在していたことになります。

したがって、問題となるのは「死亡によって初めて生じた給付」ではなく、被相続人が死亡時に有していた既存の債権です。

ここから裁判所は、当該権利は**相続税法3条の「みなし相続財産」ではなく、相続税法2条の「本来の相続財産」**であると判断しました。

3 なぜ「みなし相続財産」ではないのか

相続税法には、被相続人の死亡を契機として遺族等が取得する一定の財産について、民法上の相続財産ではなくても相続税の対象に取り込む「みなし相続財産」の規定があります。

典型例が生命保険金や死亡退職金です。

相続人側は、小規模企業共済の共済金は退職手当金等に近い性質を持つので、相続税法3条の問題として捉えるべきであり、死亡後3年以内に支給が確定していない以上、みなし相続財産に当たらないと主張しました。

しかし裁判所は、そもそも本件で課税対象となっているのは、死亡後に支払われた共済金そのものではなく、相続開始時に被相続人が有していた共済金請求権であると整理しました。

そのため、死亡後3年以内に支給が確定したかどうかという「みなし相続財産」の論点自体が前提を欠くとしたのです。

この判決が示した実務上の教訓は明快です。

相続税で問題になるのが「実際にいつ支払われたか」ではなく、

相続開始時にどのような権利が被相続人に帰属していたかである場合がある。

小規模企業共済についても、事業廃止が先に起きているなら、死亡時にはすでに請求権が具体化している可能性が高く、みなし相続財産論ではなく、本来の相続財産論で考えるべき場面があるわけです。

4 消滅時効が過ぎていても相続財産になるのか

本件では、事業廃止から長年が経過しており、小規模企業共済法上の5年の消滅時効期間も徒過していました。

それでも裁判所は、機構が時効を援用していないこと、さらに時効期間経過後も掛金の引落し・納付が続いていたことなどを踏まえ、機構が時効を援用することは信義則に反するとしました。

その結果、共済金請求権は相続開始時にもなお被相続人に帰属していたと判断されました。

実務上ここで重要なのは、時効期間が経過していることと、相続税上その権利が存在しないこととは同じではないという点です。

債権は、時効期間の経過だけで当然に消えてしまうわけではなく、時効が援用されるか、また援用が認められるかという問題が残ります。

したがって、相続実務では「もう古い権利だからないものとしてよい」と即断するのは危険です。

5 所得税との二重課税にはならないのか

相続人側は、共済金支払時に所得税等が源泉徴収されている以上、共済金請求権に相続税を課すのは二重課税だとも主張しました。

しかし裁判所はこれも退けました。

理由は、課税対象と帰属主体が異なるからです。

所得税課税の対象は、後に支払われた共済金

相続税課税の対象は、相続開始時に存在していた共済金請求権

つまり、同じ「小規模企業共済」に関する一連の流れの中であっても、税法上は別の財産・別の局面に着目しているということです。

この点は、生命保険契約に関する権利や未収金、退職給付請求権などでもしばしば問題になる視点であり、実務上は非常に重要です。

6 評価は「解約返戻金」ではない

もう一つ注目すべきなのは、評価方法です。

相続人側は、財産評価基本通達214を根拠に、相続開始時点の解約返戻金相当額で評価すべきだと主張しました。

これは、生命保険契約に関する権利について、保険事故未発生の場合には解約返戻金額で評価するという考え方を援用したものです。

しかし裁判所は、この通達の適用を否定しました。

理由は明確で、本件では相続開始時点ですでに共済金の給付事由である事業廃止が発生していたからです。

したがって、これは「まだ事故・給付事由が発生していない契約上の権利」の評価場面ではありません。

その結果、裁判所は、共済金請求権の価額を、支払決定に基づく金額から源泉徴収税額等を控除した後の金額で捉えるのが相当としました。

ここから分かるのは、評価実務では、単に「共済」や「保険」に近い制度だからといって、機械的に解約返戻金評価へ流してはならないということです。

大切なのは、相続開始時において、権利がまだ抽象的段階にあるのか、それとも給付事由の発生により具体的請求権へと成熟しているのかを見極めることです。

7 実務への示唆

この判決は、小規模企業共済に関する事案ですが、実務上の射程はそれにとどまりません。

特に次のような場面では、同じ発想が問題になります。

事業廃止や退職、契約解除などにより、生前にすでに請求権が発生していたか

支払時期が死亡後であっても、実は相続開始時に権利が具体化していたのではないか

「みなし相続財産」の議論に乗る前に、本来の相続財産かどうかを先に検討すべきではないか

評価通達上の解約返戻金評価が本当に当てはまる場面か

とりわけ、小規模企業共済については、契約者が事業廃止後も請求を放置しているケースや、掛金引落しが惰性的に続いてしまうケースもあり得ます。

こうした場合、相続開始時点での権利関係の整理を誤ると、修正申告や更正処分のリスクにつながります。

8 まとめ

千葉地裁令和4年11月18日判決は、小規模企業共済の契約者が事業廃止後に死亡した場合、事業廃止時にすでに具体的な共済金請求権が発生していれば、その請求権は相続財産に当たることを明確に示しました。

本件の重要なポイントは、次の3つに尽きます。

第一に、問題となるのは、死亡後に支払われた共済金そのものではなく、相続開始時に被相続人に帰属していた共済金請求権であること。

第二に、そのため課税関係は「みなし相続財産」ではなく、本来の相続財産として整理されること。

第三に、給付事由がすでに発生している以上、解約返戻金評価の場面ではないということです。

実務では、支払日や支給決定日だけを見て判断するのではなく、権利がいつ、どの程度具体化していたかを丁寧に確認する必要があります。

小規模企業共済は「退職金的な制度」であるがゆえに、つい死亡退職金やみなし相続財産の発想で整理したくなりますが、本件のように事業廃止が先行している場合は、まったく別の結論になる点に注意が必要です。

裁判例

千葉地方裁判所令和4年11月18日判決

税務訴訟資料272号順号13773

TKC税務研究所「税法話題の判例紹介」令和7年12月・通巻第310号